2008年10月18日土曜日

いとうせいこう氏講演「寄り道を主体とすること」

  大学の文化イベントがめじろおしの季節となりました。今日は、名古屋市の同朋大学文学部が主催する、文化フォーラムにて、いとうせいこうさんの講演を聴講してきました。

 いとうせいこうさんは、早稲田大学法学部の学生時代から、芸人としての活動をされています。卒業後は講談社「ホットドック・プレス」の編集者をされ、その後もみうらじゅんさんと各地の仏像を見て歩いたり、TVでも博識かつマニアックなキャラクターで親しまれています。いとうさんのご自身がマルチな活躍をされており、何がメインな職業の方なのか一言で表せないところがあります。
 
 まず、今回の講演の『寄り道を「主体」とすること』という、いとうせいこうさんそのもののようなタイトルに興味を持ちました。寄り道は本来、メイン通りを外れるから寄り道なのに、「主体」にできる人は稀だと思います。
 私は、給与所得者という立場は恐ろしくて手放せませんが、スケジュールが毎日バラエティに富んでいて、予定調和でない方が、人生の面白さは増えるに違いないと思いました。

 いとうさんは、寄り道とは、映画で言うと「スピンオフ」みたいなもの、とおっしゃっていました。確かに、同じ時間軸、同じ人物の中に、いくつものストーリーがあると、立体感が出ますし、意外な展開を招きます。

 この講演の面白かった所は、いとうさんの一週間のスケジュール帳をスクリーンで見せてくれたことです。それを見ると、いとうさんの生き方がいかに寄り道本位であるかがわかりました。

★いとうせいこうさんの寄り道的スケジュール

例えば、いとうさんがその週に読んだ本は、

カレル・チャペック著「園芸家12ケ月」

後藤明生著「蜂アカデミーへの報告」

木下純二訳「マクベス」   

など、ジャンルも関連性もバラバラに思えるようなタイトルが並んでいました。

 また、文楽好きで、二日連続文楽を見に行かれている日もあります。「人形浄瑠璃大夫である人間国宝の竹本住大夫さんの名人芸は、同時代に生きたあかしとして、見ておかない手はない」とも言われました。

 仕事についても、仲間から突然電話がかかってきて、そのまま話が盛り上がって、面白い企画が生まれていました。

★いとうせいこうさんのポジションフリーな視点

 いとうさんは寄り道本位だからこそ、いわば根なし草のように「ポジションをどこにでも設定」できるし、「立場なんてそもそも始めからない」という発想で社会と関わることができるのだと思いました。発想も考えも、行動も自由度が大きいと思いました。

 例えば、いとうさんがたまたま老齢の叔父さんのお見舞いに行ったそうです。その時、当の叔父さんが「老人が主体的にかかわっている老人ホームはない」と言われたそうです。
これは、「患者が主体的にかかわってる病院はない」とか「生徒が主体的にかかわっている学校はない」とも言い換えることができると思います。

立場にこだわっていたら、見えてこない言葉です。

★いとうせいこうさんの言う「寄り道」は、心の中だけでもできる

 さらに、いとうさんは、次のようなメッセージも残しています。『「園芸家12ケ月」の著者、カレル・チャペックはチェコスロバキア人であり、ナチスドイツやソ連からの支配があった時代に生きた人である。しかし、一貫して園芸家として、庭造りだけをユーモア溢れる表現で記している。つまり、国がどういう状況であろうと、「内心はかくも自由か」を表現することによって、対抗しているのだ。』

 会社や社会的義務に縛られていても、心の中を寄り道主体にすることは容易にできるということだと思います。

 そして、心の自由度を広げるために、文学や芸術が存在するのではないでしょうか。


最後に心に残ったいとうさんの言葉を記しておきます。「熱意があるなら自粛をしない。」


実行プラン①:「園芸家12ケ月」を読む。
実行プラン②:大阪で、竹本住大夫氏による文楽を見る。
実行プラン③:植物のある生活(人間とは違うリズムを持つものと一緒に暮らしてみる)
実行プラン④高知の牧野植物園に行ってみたい。











  

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