2008年11月8日土曜日

エンジン01文化戦略会議・和田秀樹さん組長「医の一番にココロを治す」

文化戦略会議「エンジン01」の講義、8日土曜日の第1時間目の題目は、「医の一番にココロを直す」。精神科医和田秀樹さんのファシリテーションのもと、ココロのついて、各方面の文化人の方々からそれぞれの専門分野から得られた話を聞くことができました。特色ある5名の講師がそれぞれの体験、見解を元に、現代に生きる人の心を分析していきました。講師は、東京タワーやレインボーブリッジ、岐阜の白川郷などのライトアップを手掛けられる石井幹子さん、大河ドラマの楽曲やオペラの作曲をされる音楽家三枝成彰さん、ユング心理学の宮野素子さん、近畿大学産業理工学部の森川展男さんと進行役の和田さんです。

「光」「音楽」「臨床現場」「犯罪の類型」「医学」というそれぞれの異なった立場から「ココロ」を多角的に見ることができたのが、この会の魅力です。

精神科医の和田秀樹さんは、「世間はメタボメタボと騒いでいるが、心筋梗塞は日本では死因の1位ではない。病気による死因トップは癌だし、さらにガンより多い死因が自殺だ。」と統計をもとに述べられました。そして、ガンを防ぐにはNK細胞の活性化により免疫力つけることが重要で、免疫力を高めるには、メンタルが充実し、楽しい気分で過ごすことが秘ということでした。今後日本人の死因の2分の1は癌になっていくそうです。また、年をとるほど出来そこないの細胞がつくられるのは当り前で、80歳過ぎた人の体を解剖してみると、たいていどこかにガンが見つかるそうです

つまり、心が元気であれば、健康で長生きできるのです。いつも自分の心の状態を観察し、危機に陥らないようにしなければならないのです

講演はその後、心をよい状態に保つ方法、心が危機状態になる原因について、お話は進んでいきました。

「光」をデザインされる石井さんは「光の癒し効果」と「心に届く光がある」ことについて北欧での留学経験からお話しされました。石井さんが留学されたフィンランドの冬は「朝は10時に明るくなり、午後の2時には日が暮れる、しかも太陽は常に夕暮れのような低い位置にあって、燦々とふりそそぐ太陽とは全く無縁の、暗い世界」だったそうです。日照時間が短く、暗い時間が多いと、人間は暗く鬱々とした気分になるそうです。そこで、照明によって本来の人間の快活さを取り戻そうと、色々な試みやでデザインが研究されているのだそうです。確かに、「光」は人の精神にプラスの影響をあたえると思います。ネオン街、月のあかり、朝の光、南国の太陽、どれも「光」であり、「照らす」ことで人の心を安心させたり、浮き立たせたりします。そこで和田さんが、米国でもうつ病の患者さんに対する光療法があり、光を当てる機械を使って治療できるという話をされました。

光をよく観察したり、ありがたいと実感することが少なかっただけに、改めて「灯」に注目してみようと思いました。作家の遠藤周作さんがエッセイの中で、「気分が沈んだらイタリアに行き、燦々と太陽をあびたらケロリと治る」という趣旨の内容を書かれていましたが、自分の心の状態を、光で調節することも可能だ、ということなのだと思います。落ち着きたいときは間接照明をうまく使ったり、朝日を浴びてエネルギーをもらったり、一日に30分は太陽の光を意識して浴びている時間が必要だと思いました。自転車通勤や仕事の外回りのときは、「太陽を浴びているぞ」と意識したいと思いました。

三枝さんは、西洋音楽を学ばれる際、西洋人から「西洋音楽は西洋人のものだ。あなたは日本人なのになぜ邦楽や歌舞伎をやらないのか。」と問われ、アイデンティティの危機にさらされた経験と、自分の作品が日本でもなかなか認められなかった経験を揚げ、「アイデンティティの危機」「社会に認められない苦しみ」がココロを追い詰める原因になると語られました。

その中で、西洋人と日本人の音楽のとらえ方は、全く違うというお話が印象的でした。西洋人にとっての音楽は、かく生きるべきかというメッセージが明確に込められており、聞く側も歌う側も、メッセージを介して楽しんでいる一方、日本人は、音楽は慰めであり、癒し、という「情」的なとらえ方をするのだそうです。例えば、ベートーベンの第九は、民主主義を主張する歌で、「人間皆平等、王様も乞食も平等なのだ」というメッセージが込められているのです。君主政治の下では、危険な音楽に他ならない、それぐらい強いものを持っているのです。確かに、日本人は、音楽と思想が常に一緒にあるという発想なないと思います。そんな違いの中で、三枝さんは、自分がどういう音楽家になったらいいのか、45歳になるまでわからなかったそうです。その苦しみの経験は、心を追い詰めてしまったそうです。

自分とは何者か、何がしたいのかが見つからず、なかなか社会との接点を見つけられないという人は多いと思います。しかし、そこから抜け出すためには、自分のやりたいことにたどりつき、社会からも認められなくてはならないのです。そのためには、絶えず自分自身を掘り下げて、納得のいくものをどんどん世の中に出していかなければならないのだと思います

ユング心理学者の宮野さんは、「精神分析学は西洋で生まれた。冬が暗い地域にあって、明るい心の状態を求める営みが精神分析を育てたのです。」と語られました。三枝さんが付け加えられて一言、「冬に光のない国である西洋は、闇に光(文化・芸術)を与えて過ごすことが生活の知恵になっておりて、市の予算の半分はオペラなどに費やされてるのです。」。冬を過ごす上で、文化が何よりも先に来るのは、気分を高めることが生きることにとっていかに重要か、ということだと思います。やる気を出せば、後はなんとかなる。気持ちが元気なら働く意欲や、厳しい時をやりすごす力が湧く、ということなのでしょう。知恵としての芸術、文化がしっかり根付いているのだと思いました。

森川教授は、同じ地域に住んだ経験を持ちながらも、異なった精神性をはぐくんだ宮本武蔵と夏目漱石の例をあげられました。そこで、和田さんが教養があるということは心を救う。なぜなら、多面的に物事を見られるから。物をたくさん知っていれば、こういうこともあるし、違うこともある、と色々と想定できるので、小さなことで窮地に追い込まれない。」と述べられました。色々な人の生き方や考え方を知っていることは、勇気につながります。苦労人のあの人に比べたら、自分の苦労なんて大したことない、と思わせてくれるのも、芸術であったり、学問であったりするわけです。そういった意味で、本や映画、音楽、演劇、伝統文化、芸術を味わうことは、ものの見方をどんどん増やしていくことなのだと思いました。
他方、多角的なものの見方ができなくなる代表例として、マスコミを信じすぎることが挙げられました。マスメディアは、1件の犯罪をクローズアップし、あたかも同様の事件が蔓延しているかのような風潮を作り上げ、犯人像と同様の部類に属する人間を「危険人物」でえあると決めつけ、いたずらに大衆の不安を煽っているにすぎないのです。それにつられて、過剰な予防的行動をとったり、心理的不安に陥ったりすることが、心を痛めつけているのです。マスコミの情報は、根拠がしっかりせず、統計の使い方も恣意的です。自分で調べてみる、情報は自分から取りに行き、多角的に検証すれば、心は健全に保てるのです。例えば、殺人犯罪の統計で言えば、長谷川真理子さんが有名で、ちゃんとしたデータを集めておられるそうです。イメージや風潮にとらわれず、統計で見るという癖もしっかりつけていきたいと思いました。いいかげんな情報で不安になれば、自分や社会の生産性が落ちるだけです。何より自分の心を保つために、自分で情報分析をして判断したいです

実行プラン①:自分の心の状態をつかむ。身体と同じように、コンディションを好調にもっていくように意識する。(光や音楽などの力をかりる方法もある。)

実行プラン②:マスコミを信じると、心がすさむ。情報は自分で取りに行く。主体的に情報と関わる一つの方法は、統計を見ること。統計にも見方がある。
実行プラン③:自分を掘り下げて、自分のやりたいことを見つける。それが世間に認められるよう努力してみよう。

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