2008年12月10日水曜日

「祖父の想い」が残る英和辞書

明治生まれの私の祖父は、高校の英語の教師だった。教え子からは「鬼より怖い」と恐れられ、黒板消しを投げ飛ばすこともあったそうだ。

私が小学校に入学する前の5歳のころ、祖父は私にアルファベットを教えようと、お絵描き帳に4本の線を引いてくれた。上から三本目には太い線を引いて、大文字のAからZまで、几帳面にお手本を書いていく。普段祖父は無口であったし、見かけも大層怖かったので、「おじいちゃん」という感じではなかった。幼い孫にアルファベットを教えようとしていた祖父は、私の将来のことをちゃんと考えてくれていたのだろう。可愛がる様子もない代わりに、将来必要になるであろうことをだまって教えてくれた。


『日本には、ますます欧米の波が押し寄せる。』

今ではあたりまえのような話だが、祖父は、教育に関して、いつも先を見越していた。団塊世代の私の母にも学歴と手に職をつけさせていた。

祖父は私が10歳の頃に亡くなった。そのとき私は初めて、「人は死ぬ」ということを知った。

中学生になった私は、祖父が教えてくれたことを無駄には出来ない、と英語が得意中の得意科目となった。英語が好きというよりは、天国の祖父に褒めてもらいたかっただけだ。

頑張った甲斐があって、祖父が長年勤めていた高校に合格した。

「おじいちゃん、やった。」

祖母も喜んでくれた。そして、二冊の辞書を私にくれた。祖父が晩年使っていた英和辞典と和英辞典

「おじいちゃんはね、辞書はO社じゃなきゃだめ、っていっつも言ってたよ。」と母は言う。
出版社にも得意分野がある、ということをそのとき学んだ。


高校時代、その辞書は祖父の存在を感じられる、エネルギーを与えてくれる大きな存在だった。
毎日持ち歩き、手あかがびっしりとつくまで、引いて引いて引きまくった。


皆は、先生が推薦した共通の辞書を使っていたけれど、私は祖父の辞書以外を使いたいと思ったことはなかった。

友人は「ぼろいね。」と笑ったが、私が形見の辞書を使う時、どんなに力が湧いていたか想像もつかなかっただろう。愛着のある辞書は、引くだけでなく、読んでみたくなるものだ。その辞書を忘れたときは不安になったし、英文科の学生になった後も、宝物のように持ち歩いた。

今の高校生には電子辞書がある。何の苦労もなく、調べたい単語が液晶画面に登場する。ページを見渡す楽しみさえなく。そして、すぐに壊れて、読めなくなるのだ。

そのうち本が電子化されるという話も聞く。しかし、私には祖父の気配が残る辞書をひいて、パワーをもらった思い出がしっかり残っている。ピピっとしたり、スクロールしたりする本や辞書は、読んだ人、使った人の想いがそこに残らないような気がして、寂しい。

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