2009年7月19日日曜日

上野千鶴子教授(東京大学大学院・ジェンダー研究)に学ぶ 


↑上野教授の御著書。22日発売の新刊を発売日前に購入できました。サイン入りです。


ジェンダー=社会的・文化的な性のありよう。

「草食系男子」とか「乙メン」という存在がめずらしくなくなった昨今、男子が男子らしさにこだわらない社会に向かっているのは確かだと思います。

優柔不断な男性やすぐに泣く男子は、団塊ジュニア世代においてもめずらしくなく、いばる男子よりもよっぽど可愛げがあって、男性の「男らしさ」については私自身はあまり興味がありません(筋肉質の方もどちらかというと苦手です。)。と同時に、女性である自分に対し、社会から「女性らしさ」について当然のように求められても困る、というスタンスで生きてきました。

一個人が、性別、年齢、その他の属性等「社会から押し付けられた役割」から自由になって、一人の人間として当事者能力を持って生きていくことが可能な社会にしていくのが理想だと思います。

そんな意識を持って、同朋大学で行われた「愛知サマーセミナー2009」の「ジェンダー研究のすすめ」という特別講演に参加してきました。

御著書「おひとりさまの老後」でも有名で、東京大学大学院教授、ジェンダー研究の先駆者と言えば


上野千鶴子先生です。

おひとりさまの老後


今日は、上野先生から、ジェンダー研究だけでなく、学問とはなにか、という本質的なお話を聞くこともでき、非常に有意義でした。淡々としかも全く聴衆を飽きさせない語り口、時にユーモアを加えられる授業に、集中力は増すばかりでした。


ジェンダー研究について


私が大学時代に学んだ女性学は、「法律と性」という分野です。男性中心で作った社会制度や法律の未熟な点を検証するというもので、女性の自由な生き方について社会学的アプローチをしたことはありませんでした。


学生時代は、結婚や出産といった「役割」にまだ出会っていなかったので、女性の生き方については当事者意識が欠けていたように思います。女性も社会の構成員なのに、制度は男性がつくるから、男性に有利になっているんだな、くらいの認識でした。


講義を聴いて、「他人に自分を定義されたくない、自分の生き方は自分で決めたい」というあたりまえの欲求を実現するための研究、調査をしていくのが「ジェンダー研究」なのだな、という見方に変わりました。


ちなみに、ジェンダー研究では、「女性がいない領域ではなぜそこに女性がいないのか」ということさえ研究対象になるため、ジェンダーに関連しない領域はないそうです。


学問、研究とは何か

①当事者研究とは

自分が女性なら、自分を研究して発表して解を蓄積していくということ。なぜなら、「わたしのことはわたしが一番良く知っているから」なのです。その他、障がい者、高齢者の方々が、他からの押し付けではなく、自分を研究した結果を社会に提示していくと、まさに真実の追求ができ、社会を変えるきっかけになりうると感じました。

②経験を言語化する

学問とは、「伝達可能な知」にして初めて成り立つものなので、かけがえのない自分の体験を「言語化」しなければならないのです。知は共有されるためのものなので、アウトプットが大切なのです。経験を言語化することは常に意識して、知の共有化に結び付けていきたいと思います。

③オリジナリティとは

まだ先人が解を出していない問いを探して、答えを付け加えていくことが知の財産目録を増やすことになる。すでにある問いと答えの集合が「教養」。自分の立ち位置と教養までの距離(違和感、ざわつき、もやもや)がオリジナリティである。
④情報はノイズから生まれる

違和感に言語を与え、その筋道をつけるのが学問である。自明性のある領域から離れた所にノイズがある。それを100集めると2こか3この意味のある情報が得られる。

⑤情報生産性は訓練で拡大できる

疎遠な領域を開拓する。異質な世界に自分を運び、異質な存在を身近に置くこと。多様性、雑種性、異質性、違和感が高い環境に自分を置くこと。


②と⑤については、私の毎日の課題です。これらは、自分にしかできない人生を生きることそのものだと思います。


最後に、まだ発足したばかりのサイトで、工事中の部分も多いですが、女性のためのウェブサイトを立ち上げられたそうですので、御参考までに。個人的には、上野教授の映画評がおすすめです。小気味よい文章構成力と言語能力に、本物の知的な女性の感性を知ることができます。
「ウーマンズ・アクション・ネットワーク」↓

http://wan.or.jp/


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