2010年1月16日土曜日

「思考力」を養う読書法の講座に行ってきた~その3~


◆「読書を深めるための読解力」を聞いて考えたこと

この講義を通して、「知る」ことと「考える」ことの明確な区別がはっきりと分かりました。

そして、「知る」ことも、決して疎かにすることはできないのです。なぜなら、

知識がある程度ないと、物事は理解できない。
理解出来ないと、考えることができない。

からです。

本を読みながら、知力を理解力にまで高めるステップが「読解力」です。

つまり、読書を深めるには、あえて、わかったつもりになっているようなことを

もっとよくわかるように努めるプロセスが大切になります。

中途半端に知識があると、「ああ、知ってる知ってる」で流し読みしてしまうこともあるでしょう。

そこであえて、字間をうめる作業をするのです。

例えば、

「アイロンをかけたので、シャツがキレイだった。」

という文には、矛盾は特にありません。

しかし、もっと説明を加えるとするなら、

“アイロンという、熱によりシワを伸ばす機械を、洗濯したシャツのシワに押し付けて伸ばしたので、
生地がシャキッとして美しくなったのだ”

という感じになります。

実際は、一見常識的に理解できる文章について、ここまでしたくないでしょう。

しかし、アイロンが下手な人がかけると、かえって変なシワができてしまうこともあるし、

シャツの生地がアイロン禁止の繊維の場合は、溶けたり、縮んでしまいます。

この例は、単純な話ですが、仕事や行政などの問題を抱えた内容の文章では、

「そうとはいえないんじゃないか」「そもそもアイロンって何だ」くらいに読んでいかないと、

読みが深まる=よりわかる状態には進めないのです。

読解力や思考力は、漫然と本を読んでいるだけでは鍛えられず、

意識して努力しないと身につかない ものだと思いました。


最後に人間が考える目的は、よく生きるためだと思います

社会環境を整え、皆が気分良くすごしている世界で、

皆が自分なりの幸せを選べる生き方を模索するためだと思います。

反社会的な「考え」や、他人に迷惑をかけて誰かだけが得するための「考え」が

知らぬ間に蔓延しないためにも、私たちは「良く生きるための考え方」を

鍛えて、阻止する必要があります。


さて、私たちは、読書以外の活字メディアによっても、「知る」ことと「考える」ことができます。

ツイッターは知るとして活用することができるし、ブログを書くことは考える時間にもなります

それらを漫然と行うのでなく、皆がハッピーになるための問いを立ててみたり、アイデアを生む媒体

にもできるのだと感じました。

今後は、「知→理解→思考」のプロセスをより大切にしたいと思える講座でした。

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